きっと、神戸でたくさんデートをしてきたであろう大人たちの「神戸でのデートの思い出」を紹介します。あのとき一緒にいた人の言葉や感触、忘れられない景色。記憶をほぐした先に見える街並みや、その人の人生を感じながら、昔の神戸デートを追体験します。

芝田真督さんの、あの頃のデート

今回、お話を聞いたのは芝田真督さん。知る人ぞ知る、神戸の下町グルメや酒場を長年取材し紹介し続けている文筆家。72歳の現在も「人や地域との出会い」を求めて取材や発信に精力的に活動している。そんな芝田さんのかつてのデートは意外にも王道。今は亡き奥さまやご家族との思い出のデートを辿りながら、芝田さん行きつけの角打ちも訪れた。


秋になったはずが、太陽が照り返す暑い日。待ち合わせのポートライナー南公園駅には、すでにスーツをまとい、大量の資料を詰めたかばんを抱える芝田さんがいた。

芝田いやあ、デートといっても2人とも真面目で、とにかく真面目なところばかり行ってたんですよ。

笑いながら、挨拶も早々に話をはじめる芝田さん。まずは思い出の噴水を目指してポートアイランド南公園を散策。下町の酒場や喫茶店が庭の芝田さんにとって、このエリアはあの頃以来だ。

芝田ああ、噴水ありましたね!これは記憶にありますね。船のスクリューのモニュメント、珍しいでしょう?妻とのデートや子どもができてからは家族で来ていたので、よく覚えています。ポートピアランドにも行ってね。あの頃は活気がありましたね。

1981年に開催された神戸ポートアイランド博覧会の跡地にできた遊園地「ポートピアランド」は家族連れで賑わった神戸の大型レジャー施設。懐かしい人も多いのだろう。

芝田私は30代、妻は20代のときに友人の紹介で結婚してね。今じゃ晩婚なんて当たり前だけど当時は恥ずかしくってね。私は大阪で働き、妻は兵庫県の小学校の教員でした。

かつてのまちの面影を辿りながら蘇る、家族の記憶。

芝田結婚してからは六甲の麓に住んだので、六甲山牧場や六甲高山植物園にもよく行きましたね。自然のなかで安心して子どもも遊ばせられるでしょう。当時は情報誌なんてなかったですから、先輩に聞いていたんでしょうかねえ。

次に向かったのは、「神戸ポートピアホテル」。吹き抜けの広々としたラウンジには、外国人のお客さんも多く見受けられる。

芝田この空間は当時を思い出しますね。「ポートピアランド」に行って、さっきの公園で遊んで「ポートピアホテル」でお茶をするのがルーティーン。その頃は上の階に喫茶店があったなあ。

奥のティーラウンジで話を伺っていると、オーダーしたコーヒーが運ばれてきた。

芝田お!コーヒーにお茶菓子がついていますね。いやあ、これは純喫茶の名残をのこしているのかな?

なんだか嬉しそうに、ソーサーに添えられたクッキーに目を光らせる芝田さん。喫茶店にも詳しいのだ。続いて、持参してくださった当時の写真や活動の資料を広げて説明してくれる。この几帳面さこそ、芝田さんのお人柄なのだろう。

芝田さんは10年企業勤めしたあと、インターネットが普及し始める前の1980年代後半にソフトウェア関連の事業で独立。関連の書籍を執筆し講師などを務める傍ら、下町のグルメや酒場を紹介するようになっていった。

芝田大学で講師をするときよく大衆食堂に通ってね。もともと食べることが好きで、幹事なども喜んでやっていました。それでお店を記録して、自分のホームページをつくってブログで紹介するようになっていったんです。

それから2006年に『神戸ぶらり下町グルメ』、翌々年に神戸の角打ちを紹介する『神戸立ち呑み八十八ヶ所巡礼』を出版。数々の喫茶店や食堂などを紹介するように。最近では、サンテレビの公式Webサイトで「神戸 角打ち巡礼(http://sun-tv.co.jp/column/kakuuchi/)」と称して立ち呑み屋をコンスタントに紹介している。

芝田地元の垂水に住居を戻してからは、兵庫や長田の下町を巡ってね。辺鄙なところにもよく行きました。妻に運転手代わりに同行してもらってね。それが僕たちのデートだったのかもしれないなぁ。

下町にこそある風情、人情。人々の温かさ。その魅力にどんどん惹かれていった芝田さん。

芝田妻と行ってよく覚えてるのは、丸山町の「天よし」。もうなくなっちゃったけど、あのあたりは道が細くてねえ。六甲の女性の寿司職人が握る「彦六鮓」にも行ったな。

「そういえば」と、芝田さんが思い出したように話し出す。

芝田結婚してからお昼に元町の大衆食堂に連れていったら、男ばかりですごく怒られてね。「どうしてこんなところに連れて行くの!」と。お店を変えても一日中怒っていましたねぇ。いやぁ、デートに大衆食堂はやめておいたほうが良いかもですね。あきませんね。

そう笑う芝田さん。私も神戸に移住してはじめて連れていかれた時に、その独特のスタイルに呆気にとられたのをよく覚えていたので、奥さまの気持ちがよくわかる。

芝田酒場というと、バーにもよく行きましたねぇ。バーは非日常なんですよ。それがいい。「サヴォイ」とか「メインモルト」とか。はじめは知り合いに連れて行ってもらってね。

芝田さんは神戸の酒場のどんなところに惹かれるのだろうか。

芝田神戸の呑み屋に行くと、仕事の話とか職場の悪口って聞かないんですよ。神戸の気風なのかな。風が吹いて、乾いているというか湿り気がないというか。神戸の人はそんな愚痴とか言わないのかなと。

喫茶店、大衆食堂、酒場と、次から次へとお店の名前が出てきては、どこまでも引き出しのある芝田さん。きっと芝田さんの頭の中は長年積み上げたお店がデータベース化
されているのだろう。まだ行ったことのないお店ばかりで、いそいそとメモを取った。

「角打ちにもいい出会いがあるんですよ」と、まだ日の明るい時間に、角打ち初体験の取材班を連れて花隈へ。阪急花隈駅西口を上がり、飲食店が立ち並ぶ通りへ。「この居酒屋は美味しいですよ」「ここのコーヒー飲んだことあります?」「ここにあった喫茶店は閉店してしまったんですよねぇ」と、芝田さんのガイドは止まらない。

そして目当ての須方酒店へ到着。普段通っている場所なのに、気づかなかった。時間はまだ15時すぎ。明るい時間から初の角打ちへと足を踏み入れる。

中に入ると、年季の入った木製のカウンターがコの字で囲まれ、ほぼ余計なものはない昭和な佇まい。店主に瓶ビールをオーダーし、乾杯。昼間のビールの幸福感よ。ビールをちびちびしながら、ぽつりぽつり会話は続く。

芝田角打ちのよさって、非日常。早い。安い。うまい。それに、その土地の文化がわかること。そして、居場所ができるというのかな、人との出会い、地域との出会いがあるんですよね。

アテが運ばれてきた。厚揚げ130円、シュウマイ150円。一口サイズの厚揚げを口に運ぶと、じゅわーとお揚げの味が広がる。お、おいしい。思わず心で唸る。

芝田ここのお店で好きなのは、雰囲気とか、店主の人柄とか。佇まい。新しいお店よりは渋いお店がいいですね。喫茶店でも食堂でも渋いところ。だんだん減ってきてますからね。さみしいですね。閉店情報はわかりにくいんですよねぇ。

花隈を歩いているときに芝田さんがさりげなく言った、「まちは生きているから変わっていくんですよね。それでも変わっていくのは、さみしいですね」という言葉が印象的だった。長くまちを見つめ、下町の人情に惹かれてきたからこそ感じていること。

芝田角打ちは一人できますね。フラットさがいいし、下町の魅力がありますよ。みなさんも、そういうお店に出会ったら末長く贔屓にしてもらいたいですね。

気づけば17時を過ぎて、近所の人たちが入ってきては勝手に一杯始めている。またあらたな神戸を教えてもらい、酒場を後にした。


今回のゲスト

芝田真督(しばた・まこと)
1947年生まれ。大阪で企業に勤務後、独立。文筆家。『神戸ぶらり下町グルメ』『神戸立ち呑み八十八ヶ所巡礼』(以上、神戸新聞総合出版センター)など著書多数。大衆食堂、酒場、喫茶店、街歩きなどに関する情報を精力的に発信している。2017年1月に開催された「KOBE COFFEE FEST(KIITO、KAVC共催)」では「純喫茶学」の講師を務める。数年前に奥さまを亡くし、現在は垂水区で娘さんと暮らす。新しいブログ「神戸角打ち巡礼」をサンテレビのWEBコンテンツとして発信。酒場を訪れ、角打ちお客さんとの会話を楽しむ巡礼を週1回発信している。
https://sun-tv.co.jp/column/kakuuchi/



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