きっと、神戸でたくさんデートをしてきたであろう大人たちの「神戸でのデートの思い出」を紹介します。あのとき一緒にいた人の言葉や感触、忘れられない景色。記憶をほぐした先に見える街並みや、その人の人生を感じながら、昔の神戸デートを追体験します。

檜枝さんご夫妻のあの頃のデート

今回のゲストは、ご夫婦そろって。神戸出身で、現在は塩屋にお住まいの檜枝さんご夫妻。若い頃には、神戸のあちこちで遊んでいたのだろうと思っていたら、夫の幹悦さんはお仕事で、妻の裕美子さんは子育てと地域活動に大忙しで、どうやらデートどころではなかったよう。だから、あの頃よりも今の方がデートするチャンスがたくさんあるみたい。久しぶりに訪れるという、2人が出会い、生活がスタートした場所をめぐりました。


檜枝さん夫妻の出会いは相楽園。神戸の大企業にお勤めだった幹悦さん。結婚してから7年間は、阪急六甲駅から山手に上がったところにあるマンションに暮らしていた。

裕美子お見合いから1年くらいで結婚しました。あの頃の夫は、バーバーリーのトレンチコートをパリッと着こなしていてかっこよかったんですよ。

当時の写真を拝見すると、俳優のような雰囲気の幹悦さんと、少女のようにはつらつとした裕美子さんの姿が。昔から家でのんびりするのが好きだという幹悦さんとは対称的に、裕美子さんは今も変わらずとってもアクティブ。

そういう価値観の違いや、結婚、出産、育児と慌ただしかったこと、幹悦さんの仕事が忙しかったことから、デートらしいデートはなかなかできなかったようだ。それでも、裏山の六甲山にはよく散歩に出かけたし、今はもうなくなってしまった、「うん」という喫茶店には2人でよく行ったのだそう。その喫茶店は阪急六甲駅前の坂道をちょっと登ったところのビルの地下にあった。

裕美子おしゃれでコーヒーがおいしくて、お気に入りのお店だったの。けれど、価格もそれなりに高くて。夫は「コーヒーとビールの値段が一緒なんだから」と言って、結局ビールをオーダーするの。せっかくのデートなのに、ムードのない人でしょう。

それから40年以上経つけれど、当時もきっと、同じようなやり取りをして笑いあっていたのだろうな。

お料理好きのお母様の影響もあって、裕美子さんはお料理がとってもお上手。新婚当時から、幹悦さんの会社の同僚が遊びにきては飲んで騒いでいたという。

幹悦そういう時代ですよね。新婚家庭をひやかしにくるんです。あと、体調不良だという後輩のために妻が食事をつくってくれたり。

裕美子私もにぎやかなのは好きだったから、おつまみをつくって出して終わりではなくて、一緒にテーブルを囲んでおしゃべりを楽しんでいました。塩屋にきてからもそれは同じ。阪神・淡路大震災以前に須磨水族館の前にあった「六甲ボウル」で遊んでから、夫と同僚たちがタクシーに乗ってビューンと家にやってくることもよくありました。

結婚してから2年後には、長男を出産。さらにその2年後に次男が生まれ、裕美子さんは子育て期に突入。大人の足で15分かかる坂道をおんぶしたり抱っこしたりしながら、上ったり下ったり。2人だけの生活から一変し、家族の行き先に王子動物園や子どもが一緒に行きやすいレストランが加わった。六甲山を抜けて有馬温泉へ行ったり、三宮や元町のレストランにもよく出かけた。

裕美子メニューがエビフライとハンバーグしかない南京町の洋食屋さん「大雄」や、名前は忘れてしまったんだけれど、新開地のうどん屋さんにもよく行きました。ホルモンうどん、今でいうぼっかけうどんがおいしくて。もうなくなってしまったお店ばかり。

幹悦六甲に住んでいた頃は、当時あった公設市場に買い物にも行ったし。「ハイジ」や「ポエム」というケーキ屋さんにもよく行ったなぁ。

そして1981年に、塩屋の海を望む一軒家を購入した。息子さんの喘息には、海風が吹く場所がいいと聞いた裕美子さんが一目みて気に入り、内見したその日に仮契約をしたのだという。この家も六甲山系の麓にあって、山と海の風が吹き抜ける気持ちのいい丘の上にある。

裕美子六甲の山道に鍛えられていたのか、塩屋に来てからも太山寺まで歩いて行ったりして。下の子どもが3歳の頃かな。さすがに子どもは音を上げていたけれど。

ちなみに、塩屋から西区の太山寺まではおよそ9キロの距離。

幹悦塩屋は道がせまくて駐車場がないし、家から駅までが近いから車が必要なくて。切符を買って電車に乗って出かけることは、子どもが社会性を学ぶいい機会になりましたね。

裕美子さんは、子どもの成長とともに地域の人たちと関わる機会が増えていった。婦人会、子ども会、ボーイスカウト、祭りの手伝い。町の子どもたちを、ときには叱りながら成長を見守ってきた。

それから裕美子さんは、お住いの地区の自治会の副会長をもう10年も務めていて、最近では幹悦さんもサポートする。近隣のアパートに暮らす若い子たちのめんどうもよく見てくれて、まるで寮母さんのような存在だ。そして、お孫さんが3人いる。

裕美子長男が暮らすミャンマーへは、出産のたびに産前産後のお手伝いに行っていて。せっかく海外にいても、家と幼稚園の往復だけだけど。

そう言って笑う裕美子さんのめんどうみのよさとフットワーク軽さは、若い頃からまったく変わらないようだ。

幹悦さんは、長年にわたり経理や経営企画の分野で活躍され、55歳の定年退職後も出向を重ねて70歳過ぎまで働いてきた。

裕美子夫が退職してからようやく、2人で海外に行く余裕もできて。でも、初めてのヨーロッパでなぜかバルト三国を選んだり、ドイツへ弾丸ツアーに出かけたり。なんだか学生のような楽しみ方をしているかも。

他にも、国内の温泉旅行にもよく出かけている2人だけれど…。

幹悦一番好きなのは湊山温泉かな。頸椎を痛めてしまってからよく行くようになって、からだの調子もよくなって。僕の湯治が目的のはずなのに、なぜか妻の方が長風呂なんだけどね。

そして、ここ数年の2人共通の日課は、自宅の庭のお手入れ。週に2、3回は庭の植物に水やりをしたり、草抜きをしたりして汗を流している。

「やっぱり、家でちびちび飲むのがいいねん。」という幹悦さん。一方、裕美子さんは沖縄三線が趣味で長年レッスンに通っている。最近では、ライブイベントを企画して大成功をおさめたり。いつ休んでいるのかと思うほど行動的。

対称的な性格で、遊び方もそれぞれの役割もちがったけれど、少しずつ関係を紡ぎ「家族」になってきたのだと思う。結婚して、子どもができたり、親の介護をしたり、取り巻く環境は変わっても、40年以上2人の間にあるものはきっとあの頃から変わらないのだろうな。


今回のゲスト

檜枝幹悦(ひえだ・みきよし)・裕美子(ゆみこ)
神戸生まれ。幹悦さんは重工メーカー本社と子会社の経理部門を経て、現在は退職。裕美子さんは自治会など地域活動に日々奔走。海を見渡す一軒家に暮らすお二人の近頃の趣味は庭のお手入れ。



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